光が部屋を包んでいた。目を覚ますとそんな光景が広がっていた。ここは間違いなく自
分の部屋だなと月夜は思って顔をしかめた。自分が堪らなく汗臭く狼臭い。息を止めて着
替えを取り出すと寝室の一角にある扉に手をかけてシャワールームに駆け込んだ。
 そして、誰かに着替えさせられていたパジャマを脱ぐとシャワーを浴びて一通り体を洗
うとようやく汗臭さが取れた。石鹸臭いが、まだましかと思い、上がって体を拭き私服に
着替えた。くすんだ赤色のシャツに色あせた細身のジーパンに身を包み寝室に入り、眉を
潜めて窓をあけた。狼臭い。
 他にも夕香の匂いがするがそれは別だ。嵐の臭いが部屋に染み付いているかのようだ。
部屋に三本ぐらい常備してある市販の消臭スプレーを取り出して一缶丸々辺りに振りまい
て溜め息をついた。濃く夕香の匂いが香っている。という事は、付きっ切りにいたのだろ
う。倒れてなければいいけどなと思いダイニングに出た。
 いつもと変わらぬ風景。変わっているのは部屋を満たす温かな匂い。相当な時間眠って
いたようだなと思って溜め息を吐いた。風呂に入ったばかりだから髪が濡れている。迂闊
に動かない方がいいかと思ったのだが夕香の姿が見たかった。否、夕香が呼んでいる。
 玄関を開けると開けようとしていた人が倒れこんできた。自分より小柄なのを見て女だ
なと判断して受け止めた。懐かしい匂いがふわりと自分を包む。
「月夜?」
「夕香」
 その体を起こして顔を覗き込む。目線が高くなったような気がするのは自分だけだろう
か。
「やっとおきたんだ」
「どんくらい寝ていた?」
 さりげなく扉を閉めて月夜は聞いていた。夕香は月夜の体を預けたままだ。それをそっ
と受け止めて溜め息を吐いた。
「三週間ぐらいかな? よく動いてられるね」
「関節が固まってないからな。しょっちゅう動かしてたろ」
「まあね。嵐の奴に礼言っておきなさいね」
「解毒剤なら兄貴じゃないの?」
 その他諸々の処置を嵐が施したらしい。だからあんなに狼臭かったんだと一人納得した。
夏の日差しは和らいでなかった。むしろ強くなっただろう。刑が執行されたのは七月の上
旬だから今は七月の下旬か八月の上旬だろう。長い間眠っていたらしい。夏ばてなのか夕
香の頬は少しこけて体つきも痩せたようだった。
「痩せたんじゃないか?」
「誰のせいよ」
「まあ、座ってろ」
 夕香の言葉を無視して月夜はそう言うとキッチンに進んだ。冷蔵庫の中身と地下収納を
見て冷製パスタでも作るかと思った。簡単だ。
「少し待ってろよ」
 そう言うと手早く手を洗い仕度を整えて料理をはじめた。
  そして三十分ほど経って二つの平たい皿にトマトの冷製パスタが盛られた。両手でそれ
を持っていきダイニングにおいてあるテーブルにそれを置いた。そして食器を持ってきて
夕香を呼んだ。夕香は皿に盛り付けられたそれを見た驚いたように目を見開いた。
「何でもできるね」
「まあな。男の一人暮らしだと思ってもらっちゃあ困るね。めんどくさいからいつもはこ
んなの作んないがな」 
 肩を竦めると食器に手をかけてそれを食べ始めた。夕香も頂きますと手を合わせるとそ
れを食べ始めた。味付けは丁度で冷たいそのパスタは真夏で火照った体に活力を与えてく
れるようだった。
「今何日だ?」
「ええっと、丁度八月の一日」
「てことは三週間ぐらいか。かなり眠ってたようだ。まあ、腹減ってるからしょうがない
か」
 小食であるはずの月夜がかなりがっついている。否、小食とはいえない。年頃なのに食
べてないだけなのだ。恐らくこの三週間のうちに四センチぐらいは伸びただろう。それは
単に体に十分な栄養があったからだ。
 ちゃんと食べていたら月夜はどれぐらい伸びるのだろうと夕香はふと思った。今、自分
と五センチは変わるぐらいだ。嵐と十五センチ差があるから月夜が嵐と並ぶと兄と弟のよ
うな感じになる。同じ背丈でも小柄である事は変わりないのだから十センチ伸びてもそれ
は変わらないだろうなと自分の思考に一人笑った。
「ちゃんと食べなよ。身長伸びてきてんじゃないの?」
「そうか?」
 月夜は首をかしげるとまあ、伸びてきてんだったら食わないとだめかと溜め息を吐いた。
朝はしっかり食べて昼はパン一枚程度に済ませ、夜はワインとチーズだけという事が毎日
だ。まだ朝抜いている輩よりは食べているだろうだからと言って一食抜いていると同じ状
況なのだが。
「そうそう、教官がおきたら来なさいだって。なんか大事な話らしいよ」
「なにそれ」
 言葉に出さなくてもその顔に面倒事押し付けられんじゃないのかと語っていた。水神沼
も押し付けられた厄介事だ。その言葉に夕香はさあと肩を竦めて返して食べ終えた食器を
片付けた。
「じゃ、行って着なさい」
「ああ」
 暖かい声に見送られ月夜はややふらつきながらも教官の執務室に向かった。



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